Hi Betty!

酒場にてクジャとジタンの会話

数年前、週休二日制が導入されてからというもの、ウィークエンドは酒場が以前より賑わっているような感覚を覚えたが、よく考えると気のせいであるかのようにも思える。どちらにせよ、せっかくの休日に兄弟二人で飲みに行くなんて、時間の使い方としては勿体ないような気がしてならなかった。しかしながら、貴族であるクジャも、元盗賊であり現在はアレクサンドリアの国王となったジタンも、特殊な生活環境故に週休二日制という概念は馴染みの薄いものではあるのだが。

「やっぱりこういうお高い所は肌に馴染まないぜ。」
「仕方ないだろう?君はもうそこらの盗賊とは違うんだから。これでもだいぶ質は落とした方だよ。」
「そうなんだろうけど、どうせ来るなら女の子と来たかったぜ。」
「それは悪かったね。」

ジタンは自分の身長程の壁とカーテンで仕切られたテーブル席に、オーダーを受けにやって来た従業員が男であったことに更に肩を落とした。手始めにクジャは白ワイン、ジタンはビールを注文をすると、従業員の男は手早く手のひらサイズの白い用紙にメモを施し、厨房へと去っていった。白を基調とした清潔感のある店内では見たところ、擦りきれたジーンズに汚れたワークブーツの客は皆無だ。

「あー、#name#も来ればよかったのに。」
「後で来るって言ってたよ。」
「本当かよ!」

ジタンが勢いよくテーブルに手をつけば、当然にガタンという音が響いた。そんなジタンにクジャは、はしゃぎすぎだという意と、今現在の行為はマナー的にアウトだという意が込められた冷ややかな視線を向ける。

「送り迎え、してくれるらしいよ。ただ、命懸けだろうね。」
「…命懸け?」
「四輪のガソリン自動車が出たのは知ってるだろう?#name#が毎日のようにカタログを見てるから買ってあげたんだ。」
「それは、随分甘いことで。って、もしかして…」

ジタンの顔がひきつる。

「そのもしかしてだよ。三日前から運転の練習をしててね、今日初めて人を乗せる
。」
「あのさ、それって大丈夫なの?」
「さあね。」
「いや、さあねじゃないだろ。俺、今日は酒、控えめにしとこうかな…」
「どちらにせよ、乗れば酔いも覚めるさ。」

恐らく相当に#name#が気合いを入れていることが、ジタンにはなんとなく想像できた。そして、それを知って尚、冷静でいられるクジャには今回に限っては、尊敬の念さえ抱ける。

「にしても、#name#ってちょっと男っぽいとこあるよな。車だなんてさ。反対しなくてよかったわけ?」
「言っても聞かないんだよ。あれでいてけっこう頑固なんだ。会ったばっかりの時はおとなしい子だと思ってたんだけどねえ。」

クジャは昔を思い出すかのようなしみじみとした表情で頬杖をつく。その間に先程の従業員が注文した酒をテーブルに並べていった。二人は運ばれたばかりの酒を口に含むと話を続ける。

「そういや元はブラネの側近だったんだろ?他国のメイドまで連れてこれちゃうんだもんな、大貴族様様はなんでもありで羨ましい限りだぜ。」
「君は一国の姫にまで手を出してるけどね。でも、#name#は象女の元から梃子でも動きそうになかったから、本当に運がよかっただけだよ。」
「お前に口説かれてついていかないだなんて、相当な女だぜ。」

男のジタンから見てもクジャは本当に整った容姿である。その上、貴族でもあり、彼に口説かれるという状況はすなわち、白馬の王子様に口説かれるのとほとんど大差がないだろう。自分がもし女であったならほぼ確実に彼についていく。悔しいが、ジタンはその辺りのことに関してはクジャには敵わないと自負していた。だが、男にとって一番大事なのはハートであり、そのハートで勝負するなら彼には負けないとも思っている。

「#name#は象女が一番だったからね。それはもう、健気だったよ。」
「俺としてはあの#name#がメイドだったなんて、なんかしっくりこないんだよなあ。今はダガーにだって普通に接するだろ?それに見た目に似合わず意外とやんちゃだし。」

ジタンの知っている#name#は何処かマイペースで抜けた感じがあり、きっちりしていたり、気遣いができるようなメイドのイメージとはほとんど一致しなかった。

「歳のわりには優秀だったよ。当時から紅茶を淹れるのが上手くてね、必ずその時の気分を汲んで用意してくるんだ。」
「へえ。#name#、そんな技持ってたのか。うちんとこのメイドもいつか貴族とか落としちゃうのかな……それは負けられないぜ!そうなったら、やっぱり王様と離れたくないからメイド辞めれなあ~いとか言わせてやらないと!」
「…何を言ってるんだ。」
「いやあ、モテる男は大変だぜ。」

クジャは溜め息をついた。一応遺伝子の繋がりはない筈だが、これが自分の弟だと思うと少しばかり頭を抱えたくなる。

「なあ、ずっと不思議だったんだけど、どうして#name#なんだよ。#name#は#name#で可愛いけどさ、お前ならもっと身分の高い美人だって思うがままだろ?」

モテる王様の話が早々と片付いてくれて、クジャとしては有り難いに越したことはなかったのだが、突然の投げかけへと返すのにぴったりな言葉を探すのに、数秒程の間に脳内を何往復かさせられた。

「君は安物のジーンズを穴が開くまで履いては、また同じ店で同じ形のものを買って…を繰り返すけれど、今の君なら何十万ギルもするヴィンテージのお高いジーンズだって手に入る。なのにどうしてそれをしないのか、その答えに近いよ。」
「回りくどい回答をどうも。で、どうなんだ?」

クジャは首を左右に振り、両手を掲げた。

「君には比喩というものが通じないようだね。」
「何事もストレートが一番さ。それでいて男ってもんだろ?」

歯を見せて笑うジタンには、輝かしさのようなものが見てとれる。調子のいいものだ。クジャは華奢なワイングラスを口元に運ぶと、頭上から柔らかい明かりで照らしつける小さなランプの光を含んだ黄金色の液体を喉へ流し込んだ。

「まあ…いいだろう。手を差し出すだけで、腕の中にすっぽりと収まってしまうシルクのドレスで着飾ったシャム猫には見飽きているのかもね、ちっとも心が動かないんだよ。それよりも、此方が近づけば逃げてしまう給仕服のチワワが少しばかり気を許した素振りを見せた瞬間に惹き付けられた、それだけのことだよ。」

ジタンにはどの辺がストレートな表現になったのかは汲み取れなかったが、先程よりは幾分か理解ができる。そして、これが恐らく限界でもあるのだろう。クジャの手元に真っ直ぐと立つワイングラスは彼の側にいてよりいっそう艶を増しているように思えた。それはきっと彼の雰囲気によく馴染んでいるから。ジタンは彼の小さくシャープな横顔に目を配らせ、一言漏らした。

「本当、お前って気障だよな。」
「趣に富んでいるんだ。」

危うく引き込まれる所だったのかもしれない。ジタンは男に恋い焦がれるような視線を送る自分を想像して鳥肌が立った。

「でもね、#name#は一応王宮育ちだ。その気になればけっこう上品なものだよ。その気になれば、ね。」

***

「私、王様の給仕はしたことあるけど送迎は初めて。」

金属製の円いハンドルを肘置きにして、#name#は子供のようにあどけない笑みを浮かべている。四つのタイヤで支えられた車体の天井には覆うものがなく座席は剥き出しの状態だ。もし何かが起きたとしても、うまくふっ飛べば助かるかもしれない。側面のステップに足をかけて車に乗り込み、クジャとジタンは後部座席に腰を降ろした。

「よかったじゃないか、ジタン。初めてだってよ。」
「そうだな、俺もお上品なチワワの車に乗るのは初めてさ。」
「いい帰り道になりそうだよ。」
「何故だか武者震いが止まらないぜ。」

“私のこと信用してないでしょ?”と#name#が疑いの目をかけるのに、男二人が精一杯の誤魔化し文句を駆使している間にもゆっくりと辺りの風景は動き出していた。

「いいよ、すぐに分からせてあげるから。」

そう吐き捨てて、#name#がアクセルを踏み込むのをきっかけに車は加速を始めた。