Hi Betty!

初夏と本棚

外側の大陸のクジャの隠れ家は砂漠の真ん中に位置することもあってか、初夏であるというのに霧の大陸とは比べ物にならないくらい暑かった。その為、#name#はミニ丈の薄手のエンパイアドレスを身に纏っていたが、最早それはドレスよりかはベビードールと呼んだ方が近かった。#name#は淹れたばかりのアイスティーを片手に持ったまま、書庫の扉を開ける。何か細工がしてあるのか、廊下とはうって変わった涼しい空気に肌寒ささえ覚えた。クジャは数日間、この部屋に籠って読書をしていた。今日も何時もの席で頬杖をつきながら本のページを捲っている。

「この部屋だけなんでこんなに涼しいの?他の部屋、暑くて死にそうだよ。」

私はクジャの傍らにアイスティーを置いた。

「ありがとう。本が痛まないように、温度を調整しているんだ。部屋の奥に魔力で動く装置が置いてあってね、それのお陰だよ。」

クジャは説明している間も本から視線を動かさない。そんなに面白いものなのだろうか。基本、活字が苦手な私にはその辺りのことは全くわかり得ない。

「前から気になってたんだけど、ここにある本全部読んだの?」
「ああ。もうどの本がどこにあるのか、さっぱり分からないけどね。」
「ふうん。」

私は自分の背丈の何倍もある本棚を見上げ、近くにある本に手を触れる。並んでいる本は魔導書から小説らしきものまで様々だった。本は二列に並べられていて、表側の本を取れば奥にある本の背表紙が見えた。

「何をしているんだい、#name#?」
「ん?裏に怪しい本が隠れてたりしないかなと思って。」

本を出し入れする私の動きが気になったのか、クジャは私の行動の意を尋ねる。

「残念だけど、君が探し求めているものはないよ。僕は本より生身の女の方が好きなんだ。」

あらぬ言葉に怪訝な顔を向けるも、彼の視線はやはり本にあった。

「あっ。ねえ、なんか手紙挟まってるよ。」
「手紙…?」

質のいい紙質の封筒の差出人は、名前からするに女のようだ。開封された形跡はない。私はクジャに真っ白な封筒を手渡す。彼は封筒を開封し、中身に目を通すと、何事もなかったかのように便箋をしまい、読書を再開した。

「ラブレター?」
「ああ。本と一緒に重ねて、そのまましまってしまったんだろうね。何年も前のものだよ。」

どうしてか、気に食わなかった。ラブレターがどうとかではなく、彼の関心が本にしか向けられていないことがだ。

「へえ。私、外走ってくる。」

痺れを切らした私は部屋を出ようと彼に背を向けた瞬間、手首を捕まれる。

「やめときなよ。この炎天下の中、走ったりなんかしたら具合を悪くする。」
「だって暇なんだもん。」
「君、ちょっと怒ってるだろう?」
「怒ってない。」

彼のブルーの瞳が真っ直ぐに私を捕らえるので、いたたまれなくなって顔を反らした。クジャは本に栞を挟み、アイスティーの入ったグラスと一緒にテーブルから本棚の棚板の僅かな余ったスペースに移す。その背中をじっと眺めていると、振り返った彼と目が合った。

「君もわりと寂しがるんだね。」
「別にそんなんじゃ…」
「そうかい?」

彼は私の手を取るとダンスのように密着して私が後ずさるよう誘導する。私の後ろにあったテーブルに足がぶつかると、そのまま肩を押され、テーブルの上に背中をつけて倒れ込む形になった。その上から、クジャは私を覆うようにゆっくりと流れるような動作でテーブルに手をつく。

「なんて格好しているんだ。」
「暑いんだもん。ずっとここで本を読んでたクジャには分からないかもしれないけど。」
「困ったねえ、だいぶご機嫌斜めのようだ。」

素振りでは困ったように肩をすくめるものの、顔はどこか楽しそうにも伺える。

「本、読まなくていいの?」

私は経験上この状態がよからぬものであることを察していた。このままでは彼の思うがままだ。何とかして彼の関心を削ぎたかったがすぐにそれが無駄であることを思い知らされる。

「言っただろう?僕は本より生身の女の方が好きなんだ。」
「…!」

クジャの手が私の腰から腿へと下がっていく。私はミニ丈のドレスを選んだことを後悔した。彼はドレスの裾を捲り上げ、意図も容易く直肌に触れる。もどかしい感覚に身を捩らせて逃げようとするも、結局は彼に引き戻されることとなり、大して意味を成さなかった。

「…っ!」

私は咄嗟に彼にしがみついた。彼が私の臀部を掴んだからだ。

「どうしたんだい、#name#?」

そんな私の反応を彼はなに食わぬ顔で見下ろす。心地よい彼の体温に熱を持ち始める身体、このままでは本当にまずい。

「クジャ…分かったからぁ。」
「何がだい?」
「私もう駄目。」

クジャはクツクツと笑い声を漏らし、私の腕をほどいた。テーブルの上に広がるドレスの裾から投げ出される足に、片側がずり落ちたパゴダスリーブが第一章までにも及ばなかった情事の幕引きを告げる。

「それは残念だよ。」

そう言いながら彼は私を起こし、少しばかり気崩れた服を整えてくれた。

「…すぐずるするんだから。」
「君が弱すぎるんだよ。僕は君が誘惑して惑わしてくれる勢いでも構わないんだ。」
「…好き者。」
「何だって?」

わざとらしく耳元で響く彼の籠った声に肩が揺れた。

「なんでもない。」
「それはそうと、手伝ってほしいことがあるんだ。」
「何?」

彼は私から離れると、天井近くまである本棚に向き直る。

「本の整理をしようと思ってね。この量だから一人でやるのが億劫だったんだけど、さすがに埃も払わないとだし、順序も並び替えないと不便だ。だから、明日から始めるよ。二人でやればなんとかなるだろう。」
「えっ、ちょっと待って。これ、二人いようが一人だろうがさして変わらないわ。」
「あと、古い本は補修もしないといけないかもね。」

私はなんとなしに本の数を計算しようとしたが、十ほど数えたところで諦め、最終的に肩を落とした。