Hi Betty!

舞踏会にて #1

足を踏み出す度にコツコツと鳴るヒールの音は心地よくもあり、どことなく私に緊張感を持たせるものでもあった。私の手を引く彼のエスコートはその手の経験の薄い私から見ても慣れたものであり、やはり私には場違いなのではないかと今更ながらに感じせられる。無論今になって戻るなどとは言い出せないのでなんとかやりきる方針ではあるが。

「十六歳で舞踏会はなかなか早い方だよ。最も君にとっては嬉しいことではなさそうだけれど…。」
「だって私メイドだよ。姫の付き添いでだって来たことないのに…」
「不安かい?」

私は頷いた。舞踏会に呼ばれるのは基本良家の娘だ。例外もあるのだが、どちらにせよそれなりに格式のある人間が集まる。ある意味城仕えの経験があってよかったが、そのような場所に放り込まれるのだ。心配にならないわけがない。

「練習してきたんだから大丈夫。ちゃんとできてたよ。それに、前にも来ただろう?僕も傍にいる。」
「もし何かやらかしたらごめん。」
「その時はその時だよ。僕にとっては君がいてくれると凄くありがたいんだ。こういう場は何かと面倒でね。」

以前に来たときは、クジャとは別行動で、私は人の多いところからは早々離脱し、テラスで時間を過ごしていた。少しばかりダンスに誘われたりもしたのだが全てお断りして、場馴れすることもなく会場を後にしたので、今となっては彼に付いていればよかったのかもしれない。

「でも、私がいたところできちんと挨拶して回らないといけないんでしょ?この前と違って私もいるから尚大変なんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、いろいろとあるんだよ。貴族の事情ってやつがさ。」
「ふうん。」

舞踏会なだけあって周りは黒の燕尾服に白のイブニングドレスばかりだ。大広間に辿り着く間にもクジャは、何人かの知り合いと思われる貴族と挨拶やら他愛もない会話やらを交わす。私も彼に合わせて頭を下げた。結構な確率でクジャとの関係性を聞かれたが、全て適当に誤魔化す。その様ははにかむ恋仲の男女といったようなところで、そう思わせるのが彼の狙いなのだろう。大概は、“お若いわねえ。”といったノリでその話は収拾がつく。時には、“うちの娘を嫁がせようと思っていたのに。”と冗談めかして言われることもあったが。兎にも角にも、上手くやれているということだ。それにしても、こういった場だと彼はいつもより柔かな表情を浮かべる。謙っているわけでもなく、楽しんでいるわけでもなく、ただ接しやすい人柄を取り繕っているのだろう。何処へ行っても印象というものは大事だ。若くして富を得るなら尚更に。大広間に入ってからも貴族間の交流が続き、気づけば、主催者であろう人物が前に立ち挨拶を始める。来場者を配慮してか、面倒だったのか、挨拶は手短に終わり、会場には早速カドリールが流れた。

「ねえ、始まっちゃったよ。」

私の手は自然と彼の腕を掴んでいた。その時だった。

「ちょっと、クジャ!」

声のする方を見ればブロンドのカールの入った髪を高い位置でアップにした女性が立っていた。ドレスのボリュームで実際のところは分からないが、腕の細さから華奢な体型であるように思えた。体型とは裏腹に気は強そうであるが。

「なんだい?せっかくのカドリールに雑音を混ぜないでおくれよ。まあ、これがワルツでなかったことだけはありがたく思うけれど。」
「………。これはどういうことなの!?前に会った時は…」
「場所を変えようか。#name#、悪いけどしばらく外すよ。」

クジャは私の頭を撫でると、腕を掴んでいた手を振りほどき、目の前の彼女を連れて何処かへ行ってしまう。全くもって状況は掴めないが、彼女とクジャが何らかの面識があったことは確かなようだ。なんだか良くない予感がすると共に嵐が去ったかのような感覚にさせられる。ああそうか。私は一人になってしまったんだ。…これからどうすればいいのだろう。一先ず、彼の男女関係はなんでもいいから一刻も早く彼に戻ってきてほしいと私は願うのだった。