Hi Betty!

faintly deys後

※旧長編からの派生です

「#name#、さっきは大丈夫でしたか?」
「クジャ様とのこと?それなら大丈夫。」
「本当に?彼も男性ですから、油断はできませんよ。大袈裟かもしれませんが、自分の身は自分で守るしかないのです。傷ついてからでは遅い。」

ブラネ様がお休みになられ、自由になるとベアトリクスは私の部屋へとやってきた。今日の会談の休憩時間の話だ。ベアトリクスの険悪な表情。私を心配しているのだろうけれど、彼女は少し勘違いをしている。

「本当に大丈夫だよ。クジャ様、ブラネ様に殴られたとことか治してくれたんだ。」
「…そうですか。#name#、やはりあなたは此処を…」
「みんなそう言うね。でも私には此処しかないの。」
「しかし、見ていられません…。」

ブラネ様と私の話をするとベアトリクスはいつも悲しそうな顔をする。今に始まったことではないというのに。いくら1000人斬りと恐れられ、幾度もその手を血に染めようと根は優しいのだ彼女は。

「もう、慣れたから平気だよ。そういえば、もうすぐバレンタインじゃない?今年もあげないの?」
「誰に、ですか?」

私を想ってくれているのは分かるけれど、辛気臭い空気が嫌だった私は適当な話を振った。予想通り、切れ味の鋭い答えが返ってくる。

「毎年悩んでるんだから、今年こそ思い切っちゃえばいいのに。お菓子作りならいつでも教えるよ?」
「…将軍たるものそんな女々しいことなどしていられません。彼は私の好敵手。それ以上でも以下でもないのです!」
「うんまあ、誰かに取られる心配がなさそうなのは救いかも。」
「それはどういう意味ですか?」
「わかったよ、ごめんって。もう、スタイナーのこと言うとすぐムキになるんだから。」
「なってません!」

普段冷静な素振りを見せる彼女もこの手の話になると、人が変わってしまったかのように崩壊する。それが少し面白かったりするのだが。

「そうだ、クジャ様に何か言ったりしてないよね?」
「…言いました。そのことは今度謝っておきます。ただ、傷を治しただけではないことは私にも分かる。今回はあなたに免じてですよ?」
「うん。ありがとう。」
「もし何か困ったら言ってください。大したことはできないかもしれませんが。」

ベアトリクスのこと、クジャ様に何かしらの忠告はしていると思ったので聞いておいて正解だった。クジャ様に対しての厳しい目は相変わらずだが、傷を治しただけではない、か。あの場でベアトリクスが来なければ彼は私に何をするつもりだったのだろう。もし私の想像で合っているなら…、いやそんなはずはない。きっと。

***

「ティラミスと紅茶です。」
「ありがとう。そういえば、デザートも君が作ることになっているのかい?別に料理人がいるだろうに。」

カップとティラミスの載った皿をテーブルに置く私にクジャ様は些細な疑問を投げかけた。今日は見事にブラネ様の気分を掴んでいたようで、お咎めはなしだ。

「ブラネ様の気分の移り変わりは秋の空より激しいので、他の者だととても身が持たないのです。」
「なるほどね。汚れ役ってわけか。」
「そういうわけでは…!」
「でも、今日は無傷そうでよかったよ。」

焦る私にクジャ様は人の気も知れず微笑む。私としてはあまりこの前のことを思い出させないでほしいのだ。余計なことを考えてしまうから。とは言っても結局自分からその話を持ち出さなければならないのだが。

「クジャ様、この前は申し訳ございませんでした。あの後、ベアトリクスがいさめましたでしょう?」
「ああ、怒られたよ。まだ何もしてないようなものなんだけどねえ。」
「本当に申し訳ございません…!私、傷を治して頂いただけなのに…。」
「それはどうかな。まぁ、大丈夫だから頭を上げなよ。この分だと将軍が心配になるのも分かる気がするよ…。」

クジャ様はぽんぽんと私の頭を撫でると私の顎に軽く触れ、顔を上げさせる。

「ねえ君、顔赤いんじゃない?」
「そんなことないです…。」
「ふうん。もしかして、この前のこと気になってるのかい?」

平然とした顔で確信をつかれて私は慌てて首を振り目を背けた。

「そういえば、この前は途中で邪魔が入ったから、続き、してみるのもいいかもね。」
「……!」

続き?やはりベアトリクスが言った通りなのだろうか。考えを巡らせてる間にも彼の腕が私を抱き寄せ、頭を固定される。近づく彼の顔に目を瞑れば耳元で、“冗談。”と囁かれた。がくっと肩の力が抜けたような気がする。それはそうだ。私はしがない小間使いであって、クジャ様もからかってみただけなのだろう。初めから本気にすることなどなかったのだ。まだうるさい心臓を私は手で押さえた。

「今まで女に嫌がられたことはなかったんだけどねえ。」

クジャ様は残念だと言いつつ私の身体をくるりと回し後ろから抱きしめる形で楽しそうにケラケラと笑う。

「そういうわけじゃないです!」

そういうわけじゃなかったらつまりはどういうことだと一瞬過ぎったが、もうなんだか面倒くさいので考えるのをやめた。

「ふふ、君は面白い子だ。毎度毎度、女王陛下の醜い姿を見るのにも辟易してたけど、君に会えるなら少しくらい我慢してもいいかなって思えてくるよ。」
「…そう言って頂けるなら嬉しいです。」
「…あんまり信じてないだろう?これは本当。君はなんだか不思議な感じがするね。」

クジャ様は私の肩に顎を乗せる。別に構わないのだが、いつまでこうしているつもりなのだろう。

「クジャ様、そろそろベアトリクスが参るお時間かと…。」
「もうそんな時間か。長居させたね。まだ残ってる仕事があるんだろう?」
「いえ、お気になさらずに。」
「#name#、また付き合ってくれるかい?」
「私でよければ喜んで。」

クジャ様は私を解放する。名残惜しそうに思えたのは私の思い違いだろうか。一礼して部屋を出ようとすれば、名前を呼ばれたので振り返る。

「さっきの反応、可愛かったよ。これも本当。」

何を言うかと思えば…。意地悪く笑みを浮かべる彼を背に、私は赤面しながら部屋を出た。