Hi Betty!

お出かけに行く話 #3

「もしかして怒ってるのかい?」

クジャが振り返り、尋ねるので私は首を横に振った。そういうわけではないのだ。ただ、予定外だっただけ。月が綺麗な夜だ。劇場街は高低の差が激しく、高所から辺りを見渡せば、建物やら海やらが一面に見通せるのだが、深夜である為に見通しがよくない。

「昼間に来たかったんだ。その方が景色、綺麗でしょ?」
「別にこれもこれで綺麗だと思うけど。」
「私は昼間の方が好きなの。」
「明日また見れるだろう?」
「でもインパクトに欠ける。」

景色からクジャに視線を移せば、骨ばった指の長い手に頬を撫でられる。

「我が儘になったものだね。」
「………?」
「君も僕も出会った頃よりだいぶ変わった。時々思うんだ、僕もジタンみたいに普通に生きてたら何か違ったのかなって。やっと、自由になってみて僕が今まで持ってたものは富と権力くらいしかなかったって気づいたよ。僕らと同じくらいの歳の子は、こうやってデートしたり、もっとくだらないことをたくさんしてきたんだろうね。」
「クジャ…」

表情こそ笑顔だが何処か物悲しさを感じて、私は彼の手を握りしめる。

「君がいてくれて本当によかったよ。」

腰を抱かれ、引き込まれるかのようにそっと彼の腕の中に収められる。ふんわりと彼の匂いがして、返す言葉が思いつくより先に私は自然と彼に身体を委ねていた。

「愛してるよ、#name#。」
「うん、知ってる。」
「知ってる…か。ふふっ。」
「ん、何?」

突然笑い出すクジャを見上げると、髪の毛をくしゃくしゃと掻き回される。

「ああー、髪型崩れたでしょ。」
「どうせすぐぐちゃぐちゃになるんだから大丈夫だよ。」
「そういう問題じゃないの。」
「まったく、うるさい子だね。」

今日何度目か分からないキスで黙らされるこの状況はとても理不尽だと思うが、意外と嫌いではない。後頭部を押さえられ何度も唇を啄まれるが、乱暴なように見えて身体を抱く手つきは優しいので、色っぽく思える。唇の間から舌がねじ込まれると不覚にも小さく吐息が漏れた。

「ねえ、#name#。最近の君は突然綺麗になるからびっくりするよ。」
「気づいてたの……?」
「気づかないわけないだろう。」
「だって何も言わないから…。」
「僕の気を引こうとしてたことも知ってる。」
「意地悪…」

赤らんだ顔を隠すように彼の胸に顔を埋めた。何もかも全部バレていた上に泳がされていたようで恥ずかしい。

「でも、似合ってるよ。まあ、中身の方はお子ちゃまみたいだけど。」
「そんなことない…!」
「ん?じゃあ後で試してあげる。」

褒め言葉に何言かおまけをつけ、飄々と笑う彼。私の頭が妙にしっかり固定されてると思うと、“安心しなよ。今までのままでも僕の気は君が引きっぱなしだから。”と頭上からいつもより落ち着いたトーンの声が聞こえた。

「そろそろ行こうか。」

クジャは私を解放するなり、目も合わせずにさっさと歩いて行ってしまう。

「そういえば、クジャ。私の雑誌知らない?アメリアが表紙のやつ。」
「さあね。どっかに置き忘れてきたんじゃないかい?」

彼の後ろを追いながら、たった今思い出したファッション雑誌の話を持ち出す。なんとなく、彼が犯人のような気がしたのだ。生憎しらばっくれられてしまったが。