Hi Betty!

とある日の午後

先程トレノの街で購入したカーネーションの入った細身の花瓶をテーブルに運ぶ。こつんと小さく音を立て置かれたそれは、今から始まるティータイムをほんの少し彩ってくれるであろう。私はテーブルから遠ざかり、花瓶が周りの家具に馴染んでいるか確認すると、ティーセットを取りにキッチンへと向かった。我ながら悪くないセンスだと思う。インテリアへの関心など、ほとんど持ちあわせていなかった私がこのような行動を起こす日が来るとは思ってもみなかったが、私も少なからず彼の影響を受けているのだろう。

「これは、君が用意したのかい?」

ティーセットを準備して戻ると、クジャが物珍しそうな顔でふと目の合った私に尋ねる。

「うん。紅茶の茶葉買いに行ったついでに買ってきた。」
「選んだのも君?」
「そうだよ。」
「やっぱりね。なんとなく君らしいと思ったんだ。花瓶も買ってきたんだろう?この屋敷にはなかったはずだからね。」

頷く私に、クジャは微笑む。
いつも見ているが、相も変わらず、美しい顔立ちだ。優しげに細められた瞳、両端が引き上げられた唇、ほんの少し顔にかかった銀髪が、彼の色っぽさをより一層引き立てているような気がした。

「突然どうしたんだい?」
「花屋の前で偶然見つけて。…だいぶ昔のことだけど、母の日だったかにブラネ様にカーネーションあげたの思い出したから、欲しくなったの。」
「…ふうん。」

聞かれるままに経緯を説明するが、クジャの柔和だった視線は外され、鋭利な眼差しがじっと宙を見つめている。時折、彼からはブラネのことをよく思っていない節が垣間見える。そんな様子を見ることはしばしばで、冷え切った相槌を耳にしてまで彼の機嫌の善し悪しが分からぬ程鈍感ではないが、そのまま言葉を続けた。なんとなく、自分の言葉の語弊と彼が何を考えたか想像ができたからだ。

「そのとき、この桃色のカーネーションの花言葉は、“美しい仕草”って教わったの。…クジャみたいでしょ。」
「…!」
「……それに、この花もクジャみたいに綺麗。」

カーネーションの入った花瓶に手をかけ、ふんわりと重なった花弁を見やる。少なからず、私はこの花が好きだ。かつての幼い私もこうやって、吸い寄せられるように手に取ったのを覚えている。今思うと、ただ自分の気に入ったものを見せたかっただけなのかもしれない。何も持っていない私にとっては彼女だけがより所であり、全てだった。今となっては嘘のようだけれど。

「ねえ、#name#。いいこと教えてあげようか。」

彼の少し愉しげな声と何か含んだようにも見える表情に郷愁は遮られ、私は彼の言う“いいこと”を全く想像出来ぬまま顔を見上げた。

「“熱愛の告白”…これもそのカーネーションの花言葉さ。そんなに僕が愛おしいのかい?」
「へ………?」

数秒の間を経て、頬が熱を持ち始めた。この場をどうやり過ごせばいいか分からず、ぎこちない動作でカーネーションに視線を移そうとすれば、包み込むように頬に手が添えられ、気づいた時には、彼の閉じた瞳に並んだ長い睫毛に視線が釘付けられていた。つまりはそういうことなのだろう。

「随分と顔が熱いけれど?」

口の端を上げ、意地悪な台詞を吐く主。焦って首を横に振れば、抱き寄せられ、再び唇を奪われる。

「んっ…」

濃密な口付けに、自分でも驚くくらい艶めいた声が漏れる。上目で彼を見上げれば、彼も気づいたようで、添えていた手を顎の付け根から首筋に向かって撫で下ろすと、最後にもう一度触れるだけのキスをして甘ったるい接吻が終止した。

「困ったものだね…少しからかうつもりだったんだけど、その気になってきゃった。」
「…ぅん?」
「君があんまり可愛い顔するからだよ。その様子じゃまったく分かってないんだろうけど… まあいいや。さ、お茶にするよ。」

まだ先程の余韻が抜けきらずに、ぼんやり立ち尽くしていると彼が1、2メートル先から振り返り口を開く。

「それとも、さっきの続きでもするかい?」
「…!待って、今準備するからっ。」

慌てて動き始める私にクジャは満足そうに微笑んだ。