Hi Betty!

can't dance well

「ねぇ、私、気づいたの。」
「僕と目を合わせる方法、すぐに僕にしがみつかない方法、でもとか駄目とか言わない方法、この内のどれかな。」

クジャの返答は、紛れもなく皮肉に部類するものだった。
当然、彼が言う三つのうちに私の思いつきは含まれていない。
これらの発端は、舞踏会で踊ったことのない私が彼との練習であまりにぎこちない挙動をすることから始まっている。
今も彼の手は私の指先を絡め取り、懐に身体を寄せていた。

「………半分はクジャのせいじゃない。」

私は彼の肩の辺りで小さく呟いた。
最初はちゃんと彼の方を見て、彼に誘導されるままにきちんとステップを踏んでいたのだ。
もちろん辿々しさはあったと思う。
でも、できていたのだ。

「それで、何に気づいたって?」

彼は私の言葉を遮るように聞き返した。
恐らく牽制されているのだが、私は屈しなかった。

「無理して踊らなくたっていいんじゃないかって。私は困らないもの。」

クジャの元で暮らすようになってから二週間近くになるが、我ながら強く出るようになったと思っている。

「へぇ、じゃあ何をして時間を潰すつもりだい?」
「クジャは他の人と踊ればいいの。私は適当に暇つぶししてるから。」

私自身はお金持ちの貴族の家に嫁ぎたいわけでも、お姫様気分を味わいたいわけでもない。
彼さえ満足すればそれでいいのだ。
きっとアレクサンドリア城の元侍女より、名家のご令嬢の方が充分に彼を楽しませることができるだろう。

「君って人は、情調がないというか何というか。」

クジャは呆れ混じりに目を細めた。

「こういう、如何にも女の子の憧れって感じは苦手。まだ割れたティーカップを片付けてる方が、落ち着くわ。」
「残念だけど、当分割れたティーカップにはお目にかかれないだろうね。君が壊さない限りは、だけど。」

彼はいつだって、端の方にひっそりと仕込ませた刺を見抜き、毒を塗って返してくれる。
今日も仲良くできそうだった。

「ティーカップは壊しちゃいけないっていうのは、嫌っていうほど身体に染み付いてるの。本当に残念。」

私はお返しとばかりに、わざとらしく肩をすくめた。
それに反して、クジャは腕を私の背中の方まで回すと、とぐろを巻くように身体を引き寄せた。

「#name#、さっきから君はこう言いたいんだろう?僕が悪いって。」

彼の吐息が近づいた。

「それ以外に考えられることってある?」

私の問いかけに対して、彼は数秒間、目線を宙に漂わせた。
それから、再度向き直りこう言った。

「君があまりに愛くるしいから、かな。」

よくもまあ、歯の浮くような言葉がぽろぽろと溢れてくるものだった。
これについては、以前からなので猫が毛玉を吐くのと同様に習性なのだろう。
しかし、この前のようにされると上手に受け流せなかった。

***

「こんな感じ?」

頭上で彼の手を握り、言われるまま一回転してみればドレスのスカートがふわりと舞った。
彼が手を引けば吸い寄せられる様に、腕の中に収まる。

「ちゃんとできるじゃないか。さすがは僕のお姫様だね。」

昔から身体を動かすことについては、人より得意な方だった。
ダンスも間近で見たことならあったため、多少はイメージがつきやすかったのかもしれない。
ずっと舞踏会でちゃんと踊れるのか心配だったが、少し心の荷が降りたような気がした。

「でも、やっぱりドレスは窮屈ね。」
「今度はコルセットを絞り上げられたりしなかったかい?」
「全然。あの時よりずっと楽。前は窒息死するかと思ったもの。」
「本当は当日までとっておきたかったんだけどね。」

しっかりとドレスを着用しているのは、私が

–どうしてあんなの着て踊れるの?原理がわからない。

と漏らしたところ、クジャが

–着て踊ってみたらいいんじゃないかい?

と提案したからだった。

「大丈夫。あとは当日まで着ないから。」
「大丈夫だよ。一回着たら新鮮味は薄れるから。…ああそうか、もう二回目だったね。」

彼は私の語調を真似た上に、仰々しく付け加えた。

「そういうこと言うんだ。」
「冗談だよ。きっと当日はもっと綺麗になっているだろうからね。」
「なんか言った?」

クジャと私はなんてことのない会話を挟みながら、踊りの練習を続けた。
貴族の家々では嫁ぎ先がかかっているため練習には余念がないらしい。
クジャが言うには、教養が見られるだけなので上手くある必要はなく、動作に品があればそれでいいとのことだった。
それならば舞踏会だなんて呼ばないで、教養披露会-舞踏編-でいいのではないかと思うのだがどうなのだろうか。
それを彼に話したら、何の飾り気もないと笑われた。

「思ってたより楽しいかも。」

トレノに来てからは、身体を動かす機会が減ったので私にとってはいい気晴らしだった。
言うなれば、クジャの示す通りにステップを踏む遊びをしているといったところだろうか。

「もっと難色を示されると思っていたから、少し意表を突かれた気分だよ。」
「私も最初は嫌だって思ってた。」

そう、ずっと性に合わないと思っていたのだ。

「君は本当はもっと自由なんだろうね。」

彼は静かな声で呟いた。
その表情は安堵したような困惑したような神妙な面持ちだった。

「どうしたの、突然。」
「なんだか府に落ちないんだ。」
「えっと、なにが?」

聞き直しても彼の返答は得られない。

「…君には、怒られるのかな。」

クジャは私の両頬に手を添えた。
それだけで彼がしようとしていることが理解できた。
本来であれば断る理由もないはずだが、よく意図がわからないままに進められるのは嫌だった。

「クジャ、だめよ。」

彼は私の制止など聞かず、そっと乗せるように唇を触れさせた。
きっと中核まで踏み込まれるのだ。
そこで彼はありとあらゆる場所に刻印を刻んでいく。
ゆっくりと交わりが深まる口づけの合間にそんなことを考えていた。
繰り返せば繰り返すほど、私の中には彼が刻まれ、存在を増していくのだろう。

「怖がりなのは知ってるさ。でも、忘れられないようにしたいんだ。」

悩ましげな瞳は眼下の私を映していた。
クジャが何を思い立ったのかはわからない。
ただ、彼の指先は頸に触れ、唇は再び私の身体を食んだ。
今度は唇ではなく、肩、鎖骨、首筋までを這うようにして上り詰め、それから…

「やっ…」

肩先が震えた。
耳元には熱っぽい吐息がかかり、彼が私の耳に吸い付く音が響いていた。
私は思わず、彼の頬に手を伸ばすがいとも容易く捕まえられてしまう。

「クジャ、待って。…お願い。」

ようやく、彼は私の声を聞き入れた。

「…悪かったね。」

彼は私の目元に溜まった涙を拭いとった。
私の頭はまだ混乱していた。

***