Hi Betty!

cheating

舞踏会への参加が決まってしまった。

クジャと私は先程までビリヤードで勝負をしていた。
一回戦目は勝負前の出来事が響いたのか、クジャにゲームを奪われた。
納得がいかなかった私は三回勝負を求めた。
二回戦は、なんとか持ち直して勝つことができた。
三回戦も私の方が有利だった。最後のショットが決まれば、このゲームも私のものになる筈だった。
しかし、そうはいかなかった。
私がボールの配置を確認している時だった。

「#name#。」

クジャは私を呼ぶなり、頬に手を伸ばし、顔に掛かっていた髪を耳にかけた。

「その目、好きなんだ。僕も9番ボールになりたかったな。」

彼の方を向けば、私と目線の高さが同じになるように屈み、瞳を柔らかな三日月型にして微笑んでいた。

「…それで?」
「それだけだよ。」

意味がわからなかった。
私は気を取り直して、ボールの角度に集中することにしたが、見られているということに意識が向くと身体がそわそわして仕方なかった。
気持ちが落ち着かないまま、ボールに狙いを定めれば手玉は9番ボールの脇を通り過ぎた。

「…なんで?そんなの反則よ!」

絶対に外すはずなんてない。
彼に声をかけられるまでは、そう思っていたのだ。

「勝ちは勝ちだよ。精神修行が足りなかったね。」
「…信じられない。」

彼が悪びれる様子はなかった。
それどころか、くつくつと笑い声さえ上げ始めていた。

「…面白がることじゃない。」

酷く不満だった。
負けること自体はどうしようもないが、あれは勝てるゲームだった。
少なからず、私はビリヤードに対して一日の半分を費やす程度には熱量を注いでいたし、久しぶりに夢中だったのだ。

「君も怒ったりするんだね。」
「当たり前でしょ。私のこと、なんだと思ってるの?………あ、ごめん。」

言い切ってから我に返った。
これまで、クジャにこんな口を聞いたことなどなかった。

「なんだと思ってると思う?」
「…わからない。でも、ごめんなさい。少し悔しかったの。」

冷静になるにつれ、自分の大人気なさが心苦しくなってくる。
たかがゲームだというのに。
ただ、どこかすっきりもしていた。
ここしばらくは、気持ちがもやもやしてどうしようもなかったのだ。

「#name#、酒は飲めるかい?」

罰の悪さを感じている私に、クジャは何の脈絡もなく尋ねた。

「お酒?…甘いのなら。」

クジャは怒ってはいないようなので、少し安心した。

「…なら、丁度いいのがある。散々待たされたんだ。少しくらい付き合ってもらうよ。」

-結局、待ってたんじゃない。

出かけた言葉を飲み込み、私は酒を取りに行こうとするクジャに続いてビリヤードルームを出た。
本当は私が取りに行くべきだが、アルコールについては詳しくないので、この場は彼に甘んじることにした。

***

クジャと私は、ビリヤードルームに戻り革製のソファに並んで座っていた。
目の前のガラスのローテーブルの上には、ワイングラスが二つと、クリーム色のラベルのついた、白ワインのボトルが氷水に浸けられていた。
私はワイングラスを手に取り、クジャが甘いからと勧めるそれを半信半疑で口に含んだ。

「本当に甘い。」

彼の言葉は本当だった。

「だから言ったじゃないか。飲めるかい?」
「うん、おいしい。」

彼の選んだワインは、葡萄の果実をそのまま酒にしたかのように甘かった。

「先に言っておくけれど、酔った女を部屋まで送り届けてあげるような親切心は持ち合わせていないんだ。届け先が僕の部屋なら別だけどね。何はともあれ、気をつけなよ。」
「……覚えとく。」

飲み過ぎに気をつけるように言っているのだと思うが、どうして彼の口からは、変な意識を持たせるような言葉がつらつらと出てくるのか。
冗談に返すつもりであしらえば、いい頻度で心臓に悪い返り討ちが待っているのだから困ったものだった。
これに関しての最適解は未だに得られていない。
ただ、彼のおかげで恋に落ちる女性の気持ちはなんとなく理解できるようになった。
もしかすると私自身も恋をしていることになるのかもしれないが、とりあえずは脳の錯覚として片付けている。
彼の容姿が綺麗すぎるのが原因の大部分なのだと思う。

「それはそうと、来週までにドレスを準備しないといけないね。#name#、舞踏会に参加したことは?」
「ブラネ様に付き添ったことなら。」
「なるほどね、充分だよ。ブラネも勿体ないことをしたね。君を社交界でお披露目させてしまえば、都合のいいこともあっただろうに。」

クジャはそう言うと、ワイングラスに口をつけた。
舞踏会はお見合いの場でもあるのだ。
貴族達が、家柄の良い結婚相手を探すのにはいい機会だった。

「私、侍女だったのよ?」
「でも、側近だ。君を必要とする貴族はいくらでもいただろうね。まあ、そこらの家の御令息なんかより僕の方がずっといい相手だけれど。」

-それはそうだろうけど…。

私のようなどこの家の子かもわからない女とクジャが結婚式などするはずもないだろう。
クジャの言うように、アレクサンドリア女王の側近というブランドは有益に見られるのだとしても、そのブラネ様から捨てられた私はただの孤児でしかないのだ。
と、真面目に考えるのも馬鹿らしい話ではあるのだが。

「私、何の身分もないけど大丈夫なの?」
「僕との結婚がかい?」

彼は、さぞ愉快そうに笑った。

「…舞踏会の同伴。」

私は墓穴を掘らないよう、簡潔に返答した。
クジャとの会話は気が抜けなかった。

「結婚でも同伴でもどうとでもなるさ。生憎、由緒正しき家系なんてものは僕にはないんだ。ただ、同伴の場合は少し嘘はつかないといけないかもね。」
「それ、本当にいいの?」
「気づかれなければ、いいんじゃないかい?」

もし、気づかれた場合はどうなるのだろうか。
まず、招待者の信頼を失うのは間違いないだろう。
招待者が社交界で影響力の強い人物だとしたら…?
身体から血の気が引くのを感じた。

「つまり、ばれないように振る舞えってことね。」
「側近が務まる君なら大丈夫だよ。強いて言うなら、もう少し我儘でもいいくらいだ。」
「側近は首になったばっかりだけれど。」
「君に非はないだろう?」

私達はワインを飲みながら、しばらくこのやり取りを続けることとなる。
結論は言うまでもなく、私が折れることとなるのだが。