Hi Betty!

tease

僕は彼女とナインボールで勝負をすることにした。
一から九までのボールを順番に落としていき、最後に九番を落としたら勝ちというゲームだ。
彼女は昼からずっとこれを一人でやっていたらしい。

「…よく飽きもせずに。まあそれはいいとして、僕が勝ったら舞踏会に来てもらおうかな。」

僕は来週、とある貴族から舞踏会に招待されていた。
#name#も連れて行くつもりでいたが、彼女を誘えば多少難色を示されたとしても了承を得られるのは想像がついた。
僕が言えば命令同然の扱いになるのだ。
たとえ、僕がそうすることを望んでいなかったとしても、だ。

「舞踏会?」
「こうでもしないと一緒に来てくれないだろう?」
「さすがにそこまで頑なじゃないわ。どうしてもなら我慢する。」

案の定だった。

「それじゃあ、面白くない。」
「ナインボールで勝ったら面白くなるの?」

揚げ足取りもいいところだ。
勝ち戦にわざわざ負けの可能性を作る僕もどうかとは思うが。

「…まったく、自由なものだよ。昼以降、姿を見せないと思ったら玉撞きに夢中。僕の誘いにも興味なしだ。」
「ごめん。……ティータイムを忘れてたの、少し根に持ってるでしょ。」

僕が話している間にも、彼女は散り散りになったビリヤード台のボールを並べ始めていた。
今、彼女の適度に反った細い腰を捕まえ、台の上に組み敷いたらどんな反応をするのだろう。
五番ボールを見ていたみたいに、食い入るような目で僕を見つめるのだろうか。
それとも、困ったように頬を赤らめるのだろうか。

「どうだろうね。」

ビリヤード台の上で飾り立てられるかのように、身体の自由を奪われる彼女の想像とは裏腹に、気づけばボールは綺麗な菱形に並んでいた。

「そんなに紅茶が飲みたかったなら、別に他の人に頼んでもよかったんじゃないの?」

想像と現実の乖離は激しいようだった。
僕は彼女の背中から肩にかけて手を滑らせ、もう片方の手はビリヤード台の縁に置かれた彼女の左手に重ねた。
そして、僕の懐で硬直する彼女の耳元でこう囁いた。

「僕は紅茶が飲みたいんじゃなくて、君が恋しいって言ってるんだけれど?」

実際のところ、言ってはいないが嘘はついていなかった。

「…ごめんってば。だから、そうやってからかわないで。」

彼女は首を捻り、僕の方へと顔を向ける。
今にも頬と頬が触れそうな距離だった。
こういったやり取りはアレクサンドリアでもよくあることだった。
ブラネの癇癪でできた火傷や打撲、切り傷を僕が治してやり、ついでに抱きしめたり、髪を撫でたり、時に甘い口説き文句を囁いたりしていた。
彼女はそれをからかっていると思っているようで、今日に至るまでほぼ全てがあしらわれてきた。
最初こそは悪戯心だったが、案外、本当に思うことを言っているというのに。

「まだ、からかってるだなんて言うのかい?僕は、興味のない人間を可哀想だという一心で引き取れるほどお人好しじゃないんだけどねぇ。それに興味があるってことは全部欲しいってことだよ。…ねぇ、僕が欲しいものって何だと思う?」

僕は彼女の腰のラインにゆっくりと手を滑らせた。
ほんの少しやり返してやるつもりだった。
彼女は手から逃れるように、僕の方へ身体を向け、驚いた目で僕を見上げた。
そこまでは予定通りだった。
だが、その視線はすぐに逸らされ、遠くなのか近くなのかわからない、どこか宙の一点に落ち着いた。
僕の考えていること、自分の状況、酷く肌に馴染む生温い空気、全てを吟味しているかのような目だった。
いやな予感がした。
僕の胸の内も知らず、彼女は口を開いた。

「……好きにしていいよ。そうでもなきゃ、クジャが私といるメリットはないもの。」

予感は的中だった。
何故、聞きたくないと思うのかはわからない。
じゃあ何か得があるのかと言われてもわからない。
さも普通のことでも言わんばかりに、悲しみすら浮かべない彼女についてもわからない。
思っているよりもずっと彼女は遠くにいるのかもしれなかった。

「そういうのは、簡単に許すものじゃない。」

何を思うわけでもなく、自然と彼女を抱きしめていた。
そもそもは自分で蒔いた種だと思うと、我ながら行動がちぐはぐだが、腕の中の彼女の体温が温かかいままなのがわかって安心した。

「からかってるって言うから、本当にからかってみたんだ。君が悪いんだよ。」

僕は彼女のほんのりと朱に染まった頬に触れる。
彼女はまるで話のわかっていない仔犬だった。
どうしたらいいの?とでも言わんばかりに僕を丸い目で見つめている。

「ねぇ、ちゃんと聞いてるのかい?」
「聞いてる…、けど…」

彼女は頬に添えられた僕の右手を両手で包み込み、消え入りそうな声で答えた。
戸惑っているのか、しばらく顔を俯けていたが、最終的には僕の胸に顔を埋めた。
その間、僕の手はずっと握られたままだった。

「…なんか、いろいろ考えた私が馬鹿みたい。」

顔を上げないまま、彼女は呟いた。

「そうだね。」

と僕は返した。

「………何も聞かなかったことにしといて。」

彼女はさらに続けた。

「仕方ないねぇ…、"好きにしていい"だなんて、聞いてないよ。」

ふと、視線を下げれば、彼女がじっとりとした目でこちらを見上げていた。

「………私も、何も聞かなかったことにしとくから。」

念を押すような言い方だった。

「じゃあ、もう一度言おうか?」
「いい、大丈夫…!」
「そんなにしがみついておいてかい?」

彼女ははっとした様子で僕から離れた。
僕にとっては、そんな彼女の反応が面白くて仕方なかった。

「早く、ビリヤードしよう?」
「わかったよ。それで、これは脈ありってことでいいのかな?」

逃げるようにキューを取りに行く彼女が振り返り、僕を睨んだ。