Hi Betty!

be stood up

言うなれば、ここ一週間の僕は推理小説の探偵みたいだった。
僕は彼女の行動、表情の一つ一つを観察し、片手で掴むことができそうな小振りな頭で何を考えているのか、ひたすら思考を巡らせた。
彼女を囲む壁から、たったの一欠片でも破片が落ちないかと試行錯誤もしてみた。
しかしそれは、よく研磨されたダイヤモンドの表面みたいに僕の手を滑らせるばかりで、破片の一つも落としはしなかった。

彼女はトレノの屋敷に移ってから、弱音を吐くこともなければ、元主を思って涙することもなかった。
思い返してみれば、アレクサンドリアにいた頃も、どんなにブラネにいびられようと、暴力を振るわれようと、泣きじゃくったり、怒ったり、彼女が情緒を剥き出しにしたことは一度もない。
困ったように眉を潜め、淡々と謝罪の言葉を述べ、次の処理へと移るのが常日頃の流れだった。
彼女の左胸を切り開いたら、鉄のリングを鎖状に繋ぎ合わせ、心臓の形を模したものが現れるのではないか。
ふと、そんな想像が頭をよぎった。

僕は彼女の行動とは不釣り合いで、見た目にはよく馴染む、小動物のような困り顔が好きだった。
ブラネに独り占めさせるのが、惜しいとさえ思った。
僕はいつのまにかアレクサンドリアで用事ができる度に、彼女のことを思い浮かべるようになっていた。
何が僕を惹きつけるのかは分からない。
ただ、ガラス玉みたいに透き通る瞳で僕のことを見つめてほしかった。

***

彼女とは、午後にティータイムを一緒に過ごすのが日課になっていた。
別に約束をしているわけではなく、暇を持て余した彼女が紅茶を淹れ、僕がそれを貰うのを繰り返しているうちに、いつの間にかそれが定着していた。
しかし、今日は彼女の姿が見当たらなかった。
いつもならキッチンでお湯を沸かし始めている頃合いだった。

僕は誰もいないドローイングルームで、今月のオークションの商品一覧を眺めていた。
時刻は夕方に差し掛かりそうだった。
最後に彼女の姿を見たのは昼食の時だった。
僕は痺れを切らし、ドローイングルームを後にした。

僕は、屋敷のありとあらゆる部屋を探し、一階のビリヤードルームで彼女を見つけた。
彼女は、ビリヤード台の上でキューを構え、まばらに散ったボールのうちの一つに視線を集中させていた。
彼女が手玉を撞けば、オレンジ色の五番ボールへと真っ直ぐに転がる。
弾かれた五番ボールは左奥のポケットに吸い込まれるように落下し、静かな空間に控えめな音を響かせた。
彼女の反応は希薄だった。
ボールが落ちた余韻に浸ることなく、ビリヤード台から数歩後ずさった。
それから、右にずれたり、左にずれたり、時には身を屈めてボールの位置を確認する。
彼女は面白くなさそうにビリヤード台の縁に手をついた。

「ビリヤードはやったことがあるのかい?」

彼女は僕の存在に気づいていなかったようで、肩をびくつかせた。

「ううん、今日が初めて。」

彼女はキューを台に立てかけた。
奥のローテーブルに目をやれば、ビリヤードの本が置いてあった。

「初めてのわりに上手じゃないか。」
「そう?何がよくて何が悪いのか、全然わかんないけどね。…そういえば、今何時だろ。」

時間を忘れるくらい夢中になっていたのか、彼女は時計を探して周りを見渡した。
細長い棒で玉をつっつきまわしている間、たったの一秒でさえ僕のことが頭によぎることはなかったのだろう。
その間、僕はドローイングルームを空けることはなかったというのに。

「もう夕方だよ。まさか、昼食後からぶっ通しでやっていたんじゃないだろうね。」

語感に何かを感じ取ったのか、はっとしたように彼女は瞳を見開いた。

「もしかして、待ってた?」

不安げな声色で恐る恐る尋ねる彼女は、僕の好きな表情をしていた。

--だいぶね。

心の奥で毒づいたが、口には出さなかった。

「…別に。ビリヤード、一緒にやるかい?」
「ほんと…?」

僕を見上げる彼女の瞳に好奇の色が含まれていた気がした。